ある日の夕方、魚市場は活気に溢れていた。新鮮な魚が並べられ、人々が次々と買い物をしている中、ひと際小さな影が動いていた。その影は、一匹の子猫で、名前はミケといった。

ミケは病床に伏せる母猫のために、何とかして食べ物を手に入れようと考えていた。市場の魚屋の前を通りかかった時、新鮮な魚が目に留まり、どうしてもその魚を持ち帰りたくなった。しかし、お金を持たないミケにとって、正当な手段で魚を手に入れることはできなかった。

ミケは意を決して、魚屋のカウンターに近づいた。店主は他のお客さんに夢中になっており、ミケの存在に気づいていなかった。

チャンスとばかりにミケは素早く一匹の大きな魚を咥え、逃げ出した。

しかし、魚を咥えた瞬間、店主がミケの姿に気づいた。「こら、待て！どこへ行くんだ！」と怒鳴り声が響き渡った。店主はすぐにミケを追いかけ始めた。

ミケは一心不乱に走り続けたが、魚の重さと店主の迫力に、次第に足がすくんできた。ついに角を曲がったところで、店主に追いつかれてしまった。店主は怒りに満ちた表情でミケを見下ろし、「どうしてこんなことをしたんだ！」と問い詰めた。

ミケは怯えながらも、勇気を振り絞って口を開いた。「病床の母ネコにどうか一口お魚を食べさせたいんです」

と涙ながらに訴えた。その言葉に店主の表情は一瞬で変わり、怒りが収まり、同情の色が浮かんだ。

「そうか、お前の母猫が病気なんだな」と店主は優しい声で言った。ミケは泣きながら何度も頷いた。

店主はしばらく考え込み、やがて大きなため息をついた。「わかった、その魚を持って行きなさい」と言って、さらに別の魚を手渡した。「これも持って行って、母猫のために頑張れよ」と微笑んだ。

ミケは感謝の気持ちでいっぱいになり、涙を浮かべながら「ありがとうございます！」と何度も繰り返した。そして、急いで家に帰り、病床の母猫の元へと魚を持っていった。母猫はその魚を食べ、少しずつ元気を取り戻し始めた。

この出来事は市場中に広まり、人々の間で語り草となった。店主の優しさとミケの親孝行心は、多くの人々の心に深く刻まれた。

そして、ミケは店主への感謝を忘れず、時折市場を訪れてはお礼を伝えた。

この一件以来、ミケは市場の人々に愛され、時々おいしい魚をもらうことができるようになった。ミケの勇気と店主の優しさが織りなす心温まる物語は、今でも市場の人々に語り継がれている。