浜田省吾が引退間近…明かされた絶対に紅白に出場しない理由…サングラスが●●で激怒の真相がヤバすぎる…!!
2024/05/26

広告

1980年から日本の音楽シーンを牽引し続ける浜田省吾さん。「悲しみは雪のように」や「もうひとつの土曜日」などの名曲で多くのファンを魅了しています。

彼はメディアに姿を見せず、プライベートを公にしないスタイルを貫いているため、 彼の私生活や現在の活動については謎に包まれています。今回は、彼の知られざる一面に迫ります。

浜田省吾さんは1952年12月29日、広島県竹原市に生まれました。吉田拓郎さんのバックバンドなどで下積み生活を送り、1976年にアルバム「生まれたところを遠く離れて」とシングル「路地裏の少年」でソロデビューしました。

しかし、当時はヒットに恵まれず、苦しい時期が続きました。

転機が訪れたのは1979年。 日清カップヌードルのCM曲「風を感じて」が約10万枚を売り上げ、スマッシュヒットを記録しました。

その後、ライブを中心に音楽活動を続け、1986年にはセカンドアルバム「J.BOY」でオリコンチャート1位を獲得。

広告

1992年にはドラマ「愛という名のもとに」の主題歌「悲しみは雪のように」が170万枚を超える大ヒットを記録し、日本を代表するミュージシャンとなりました。

浜田省吾さんがサングラスをかけ始めたのは、吉田拓郎さんの影響です。デビュー前、吉田さんのバックバンドとして活動していた浜田さんは、自分の幼さを気にしてサングラスで顔を隠すようになりました。その後も、ボブ・ディランやジョン・レノンに影響を受け、サングラスを外さないスタイルを続けています。

1987年、週刊誌「FRIDAY」にサングラスを外した 浜田省吾さんが女性と手を繋いで歩いている写真が掲載されました。

浜田さんはこれに激怒し、「I DON'T LIKE 'FRIDAY'」という楽曲をリリースしました。この時の女性は浜田さんの奥さんで、1978年に結婚しています。

2023年現在、71歳となった浜田省吾さんは、全国10箇所で20公演を予定するツアーを開催することが決定しています。

「アルバムを売るためにライブをするのではなく、ライブをするためにアルバムを作る」と語り、現在もトレーニングを欠かさず、パワフルな姿でライブを続けています。

これからも体に気をつけて、元気に活動を続けていただきたいです。浜田省吾さんのこれからの活躍に期待しています。

広告

AD
記事
速報