演歌界の頂点に君臨する北島三郎さん。親しみやすいキャラクターで長きにわたって人気を保ち続けてきましたが、現在の病状や事務所の閉鎖、引退についての話題が注目されています。
北島三郎さんは1941年に診療所を営む両親のもとに長男として生まれました。生活が苦しく、祖父母に預けられた時期もありましたが、祖父の影響で歌が大好きな少年に成長。
地元の演芸大会に出場し、賞金を獲得することもありました。中学卒業後に高校進学を決意し、北海道函館西高等学校に進学。
しかし、歌手を目指す気持ちは変わらず、17歳で中退し、18歳で上京。
東京声専音楽学校に入学し、渋谷で流しの仕事をしながらデビューを目指しました。
1962年に「ブンガ節」でデビューし、その後「涙船」がヒット。第四回日本レコード大賞新人賞を受賞し、NHK紅白歌合戦にも出場しました。
24歳の時には流しの演歌歌手として渋谷で活動し、下宿していたアパートの大家さんの娘、雅子さんと結婚。彼女の支えで成功を収め、五人の子供に恵まれました。
2016年、北島さんは自宅で転倒し、頸椎小脊髄症と診断されました。手術を受けたものの、歩行に支障をきたし、現在は車椅子生活を送っています。それでもなお、ステージへの意欲を失わず、懸命にリハビリに励んでいます。
2022年、芸能生活60周年を迎えた北島さんは、北島音楽事務所の実質的な解散を発表。
弟子たちには独立を促し、コロナ禍での演歌業界の厳しい状況にも対応しなければならなかったといいます。
特に、演歌ファンの高齢化とコンサートの減少が影響を及ぼしました。
引退の噂が絶えない中、北島さんは「引退しない」と明言。これからも演歌一筋で歩み続ける決意を示しました。北島さんの年収は推定2億円から10億円とも言われ、馬主としての収入もあり、豪邸も所有しています。
その大豪邸は敷地面積約600坪、テニスコートもあり、推定建設費20億円とされています。
北島三郎さんの病状、事務所閉鎖の真相、そして引退についての考えに触れ、多くの人々がその意志の強さとプロ意識に感銘を受けています。今後も健康に気を付けて、長く活躍してほしいと願っています。
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=qWmXaTLdU9g,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]