昭和39年(1964年)11月23日。私の父と兄が、毎年恒例の隣町にある鍛冶屋の金刀比羅神社のお祭りに行きました。この日は特別な日で、父の日記にはその詳細が書かれています。
朝の出発
朝10時の汽車に乗り、由也が楽しみにしていた鍛冶屋の「こんぴらはん」へ向かいました。鍛冶屋駅に到着したのは10時半頃でしたが、お客の流れが例年より少ないように感じられました。しかし、昼頃になると少しずつ人が増え始め、賑わいを見せました。店屋の数が少し減ったように思われましたが、農機具の展示が見当たらず、父は「年々さびれるんかな…」と感じたようです。
境内での食事
午前11時頃、神社の境内の草原で食事をとりました。由也は早くから「お化け屋敷に入ろう」
おもちゃの購入
その後、参道でゼロ戦のおもちゃ(450円)と、他のおもちゃ(280円)を合わせて660円で購入しました。由也にはゼロ戦のおもちゃを、成ちゃんには100円のボールを買ってやりました。さらに、到着した時に父はベビー・ウイスキー(100円)と、由也にジュース(20円)を買いました。往復の汽車賃が80円だったため、1050円持って行ったお金は10円しか残らず、八重さんにタイコ・マンジュウのお土産も買えませんでした。
早めの帰宅
お金がなくなったため、楽しみにしていた関東煮やお酒も飲めず、予定より早く1時35分発の鍛冶屋発の汽車に乗りました。
秋祭りの風景
この日、撮影された写真には、昭和の秋祭りの様子が鮮やかに映し出されています。以下の写真は、その日の記念写真です。
写真1: 父と兄が境内で食事をとっている様子。
写真2: お化け屋敷の前での写真。後ろには怖そうな絵が描かれた看板が見えます。
写真3: 祭りの参道で人々が賑わっている様子。
この日は、兄にとっても父にとっても特別な一日でした。秋祭りでの思い出は、今でも鮮明に残っています。お化け屋敷でのがっかりした体験や、買ってもらったおもちゃで遊ぶ楽しみ、そしてお金がなくなったことで予定より早く帰ることになったこと。
お祭りの日に見た風景や体験は、家族の絆を深め、今でも懐かしい思い出として語り継がれています。この日記と写真は、昭和の時代の一瞬を切り取った貴重な記録です。今後も、このような思い出を大切にし、後世に伝えていきたいと思います。
いかがでしたでしょうか。昭和39年の秋祭りの思い出を振り返ることで、当時の情景や家族の絆を再確認できました。ぜひ、皆さんも自分の思い出を振り返り、大切な瞬間を心に刻んでください。
引用元:https://www.instagram.com/p/C9hU6QmSDt-/?igsh=MW5jeGZvMHEzN3hjZQ==,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]