昭和という時代には、現代では見かけることの少なくなった懐かしい風景が広がっていました。その中でも、多くの人々の心に深く刻まれているのが「ロバのパン屋さん」の存在です。軽やかな音楽を響かせながら、ゆっくりと街を巡り、蒸しパンを売るその光景は、昭和の街角の風物詩と言えるものでした。

ロバのパン屋さんとの出会い

「チンカラリン、チンカラリン…♪」――昭和の商店街や住宅街で、そんな音色が聞こえてくると、子供たちは一斉に窓を開け、道端へと駆け出していきました。その音色は「ロバのパン屋さん」が近づいている合図だったのです。

ロバが引く小さな屋台が、家々の前をゆっくりと通り過ぎる。その屋台には「ロバのパン」と書かれた看板がかかっていて、真っ白な蒸しパンが並んでいる光景がありました。蒸しパンはほんのりと甘く、柔らかい食感が特徴でした。

しかし、当時は多くの家庭が貧しく、毎回買うことができるわけではありませんでした。ある日、窓辺でロバのパン屋さんが通るのを見つめていた幼い少年も、そんな一人でした。彼の家は決して裕福ではなく、パンを買う余裕などありません。それでも、あの蒸しパンの香りが漂ってくるたびに、彼の心は温かくなり、淡い憧れを抱いていました。

買ってもらえなかった蒸しパン

少年はいつも、ロバのパン屋さんが来るたびに母親に「蒸しパンを買ってほしい」とお願いしました。

しかし、家計が厳しいために母親はいつも「今日は我慢しようね」と言わざるを得ませんでした。母親も、息子の切ない願いに応えてあげたいと思いながらも、現実には手が出なかったのです。

ある日のこと、少年は一人で外を歩いていると、再び「チンカラリン」の音が聞こえてきました。ロバのパン屋さんが、また町を巡ってきたのです。少年は思わず駆け寄り、パンの香りに引き寄せられました。

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